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2011年8月24日 (水)

「ここまで」と「これから」

多くを学ばせてくれたラタンバスケットと、これから多くを学ばせて欲しいブライトメッセージ、本日更新。以下、転載。

まずはラタンバスケット。

「前走の新潟戦は、1週前の牝馬限定戦を見送り、万全の状態に仕上がるのを待っての出走でしたが、好位追走から直線で後退し、最後は勝ち馬から1.6秒離された9着という結果に終わりました。レース後は致命的なダメージこそなかったものの、左前脚のウラスジ部分は依然としてスッキリとはしておらず、いつ再発しても不思議でない状態です。本馬は屈腱炎での長期休養から立ち直って復帰後は、美浦TCと山元TCとを往復しながら、常に脚元への負担の少ない坂路で調整してレースに出走してきました。しかし、復帰後の500万下クラスではこれまで6戦しましたが、デットーリ騎手が騎乗した5月29日の東京戦で3着と頑張ったほかはすべて着外と苦戦が続いています。管理する小島太調教師からは「脚元のことを考えて坂路でしか調教していませんが、距離を乗れない分、今回は普段から強めに乗るようにしました。本当に良い状態で使いたいと思っていたので、今回は山元から帰ってからも我慢を重ねて、よしと思って出走させたのですが…」との報告がありました。屈腱炎再発の不安を抱えながらここまで出走を重ねてきましたが、次走へのはっきりとしたメドが立てられない状況と近走の成績から、そろそろ限界も見えてきました。このままでは維持費出資金等の会員様のご負担ばかりが増大してしまうことから、小島太調教師とも協議の結果、前走を最後に引退させることと決定いたしました。会員の皆様にはまことに残念なことと存じますが、なにとぞご了承賜りますようお願い申しあげます。なお、今回の引退に関しての詳細につきましては、後日書面にてご案内させていただきます。」

先ずは、今までお疲れ様でした、と申し伝えたいです。戦績だけを見ると競走馬にとっては全10走は少ないです。ただ、満身創痍で走った10走はホントに頑張ったと思います。特に、不治の病といわれる屈腱炎から復帰し、6走もしてくれたこと、一生懸命だったと勝手な人間の思いかもしれませんが、そう解釈してます。

ラタンバスケットからは様々な事を学びました。

確か、その年の社台TCの人気順でいえば2位だったかと記憶してます。当時、出資実績が少ない私(といっても今でも大差ありませんが)でも、とにかく第一希望に書きたくなる程、惚れ込んだ馬です。カタログを見て、「あっ!」と思い、ツアーで見て「あぁっ!」と思い、他には目もくれず、ツアーから帰宅後には記入&投函。そして、抽選を潜り抜けて出資可否に「○」に付いてた時の喜びは今までで一番でした。出資確定時は角居厩舎&3連勝中のトーセンキャプテン妹ということも大きかったですね。「もうクラシック頂き!」なんて今から思えば誇大妄想もいいところ。

って、私の話なんてどーでもよくて。馬の話にもどります。馴致も順調にいき、明けて2歳の春でした、ラタンバスケットの不遇の始まりは。あまり先例の無い「披裂軟骨炎」を患い、頓挫…。完治はしたようですが、ここで一旦、緩めることにより、調整が遅れてしまい、もっとも大きな誤算(と勝手に主観)へと…。

その後は遅れを取り戻すべく、順調に調教を経て1月に、日本を代表する角居厩舎へ。この時点では「まだ間に合うっ!」と何に間に合うのか、今となっては悲しい夢想ですが。当時は妄想が、しぼんでません。

その後、ゲート試験も受かり、いざ、デビュー!と思いきや、なぜかダートの1800m戦…。時を経て、耳に挟んだ話ですが、2開催連続の最終週の京都、芝コースはカナリ荒れてるとの事で、脚元に負担を掛けないダート戦を選択してくれたようです。結果2着と好走した為、先ずは勝ち上がる為に、ダート連戦&乗り変わったと。

その後、圧倒的人気を背負いながらも、負け続けましたが、芝に転戦して勝ちあがった時はホントに嬉しかったなぁ…。

喜びも束の間、外厩で屈腱炎を発症してる事が判明…(ガッカリ)。芝戦での走りが影響したようですね。

この時の喪失感は大きかったです、って、何も無くしてないんですが。

ここから長い療養期間の始まりです…。長ければ2年、短くても1年半は覚悟、ホントに心配が尽きないラタンバスケットでした…。

復帰後は関東所属になり、よく分からないローテーションを組まれましたが、デットーリを鞍上に迎え、負けはしたものの、3着に好走した時は嬉しくもあり、悲しくもあり…。

っで、その後、次走への優先出走権が確保出来たからでしょうか、脚元に不安がある本馬ですが、中1週で登場…、案の定の着外…。戦略がイマイチ分かりません。定石どおり山元TC放牧…。もうココまでくると、どちらが外厩かよく分かりません(苦笑)。

出資時には厩舎選びって大事だと思い、頭を悩ませ、モチロン転厩という概念もありますが、転厩先までは私には読めません(残念)。

デビュー戦で勝ってたらゆとりのあるローテーション、デビューがもう1週遅れれば阪神の開幕週の芝…。たら、れば言ってたら競馬を趣味には出来ませんね。

長く書きましたが、マダマダ書き足りないくらいのラタンバスケット。今はただ「お疲れ様でした

そして崖っぷちのブライトメッセージ。

「8/28(日)小倉・芝2000m(牝)戦に川田騎手で出走を予定しており、同馬は前走が5着で優先権があり確実に出走できます。8/24(水)はPコースで追い切りをおこなっており、前走が見せ場十分のレースでしたので、流れに乗れさえすれば前走以上のレースが期待できるはずです。」

限定未勝利戦を除いて考えると最後の未勝利戦です。前走に続き川田騎手が乗ってくれるのは有り難い限りです。持てる能力を全て出した走りを見せて欲しい、ただそれだけです。

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'06年産 ラタンバスケット
(サンデーピクニックの06)
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コメント

たつさん、こんにちは。

ラタンバスケットの引退、寂しい限りです。

ツアーで見たラタンは本当に素晴らしかったですね。
桜花賞はもらった、という感じは同じでした。

牧場時代から怪我に悩まされましたが無事デビューし、
簡単には勝てなかったですが、芝替りで快勝。
あの時は大きな舞台での夢が再び湧き上がってきました。

そこからが悪夢でしたね。屈腱炎、そして転厩…。
脚元の不安が有ったからかもしれませんが、不可解なローテ。
分岐点では常に悪い方向へ進んでいた感じでした。

5歳まで良く頑張ってくれたと思います。
お疲れ様と言ってあげたいですね。

悪い事の方が多かったラタンへの出資でしたが、
たつさんとお知り合いになれたのは良かったです。
この4年間、楽しく応援させて頂きました。
これからもよろしくお願い致します。

アンティフォナへのお祝い、ありがとうございました。
スピードを武器に、これからも頑張って欲しいと思います。

>おたしさん

あらためて、アンティフォナ優勝おめでとうございました。
未知の魅力に溢れたアンティフォナ、これからが楽しみですね。

また、御一緒させて頂いてたラタン、引退してしまいましたね…。
志半ばでの引退はホントに残念です。

思えば、って、思い返すと様々なコトがありましたが、
ラタンには色々なコトを教えてもらった気がします。

おっしゃるように、分岐点での決断は、悪いほうに進んでた様な気がします。唯一といっても過言ではない良かった決断は、デットーリを配しての東京戦でしょうか…。

無念と残念が交錯する引退でした…。ただ、おたしさんと御知り合いになれた縁を紡いでくれたラタンには感謝してます。

今頃は無事に母になる準備でしょうか。クラブで募集されるかは未知ですが、母の無念を晴らしてくれる様な産駒に夢を託したいです。

今まで有難うございました。これからも宜しく御願い致します。

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